山に行けたよ!

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山に行けたよ!

 「よく自分が山に行けたなぁ」と、山から帰ってきて数週間経った今でも、ふと思います。山の頂上で撮った写真を見ても、そこに自分が写っています。みんなと一緒に笑っている自分の姿は、何とも不思議な感覚です。
「ほんとに山に行ってきたんだなぁ」と何度も何度も自分で思い返す日々が続いています。

 それもそのはず。今からちょうど3年前の夏。私は知人と行った大杉谷で、岩場より谷底へ30メートル以上も滑落をして大怪我をしました。
 そこはよく死亡事故のある場所ですが、奇跡的に助かりました。現在でも後遺症も残っていて、右足が少し不自由です。
「もう山には行けないかもしれないね・・・・」と婉曲的に主治医や周りの人たちに言われていた私です。怪我をした直後には「今度こそ、自分の足で下山をしたい。もう1度山に行きたい」と思っていた気持ちも、時間が経つにつれ、ほぼ実現できないものとして諦めていました。いつの頃からか、私自身も山に対する恐怖心を抱くようになっていて、とても自分が山に行くなんて考えられない状況でした。
 しかし、私が『風のたより』と出会ってから、山の話を聞くにつれ、「みんなと一緒に山に行けれたら楽しいだろうなぁ」と考えるようになりました。
また、私の足のことも承知の上で「山に連れて行ってあげたい。後は私の気持ち次第」とまで、佐藤さんも言ってくれました。
多くの人たちの励ましもあり、自分でも「山に行けるかもしれない」と次第に思うようになっていました。

 そして「地球最後の日プロジェクト」ツアー。怪我をしてちょうど3年というキリのいい日程でした。それは、山に行くなら自分自身にも勢いがつく、この日しかないという恰好のツアーでした。また「地球最後」とは果たして何が起るのか、一緒に見てみたいという好奇心もいっぱいでした。
 とうとう当日です。不安でいっぱいでしたけど、みんなに助けられながらも、無事に硫黄岳の山頂にたどり着くことが出来ました。怪我をした山の景色や怪我をした時のこと、そして辛かった入院中のことなどが自然に思い出されました。山の上に立っている自分の姿が信じられなくて、もう目がうるうるとしていました。人前では絶対に泣かないと、溢れる気持ちを押さえるのに大変だったような気がします。何て表現していいのか分からない程、心から感動をしました。

 それだけでも私は充分に満足でした。でも翌日に、さらにすごいことが待っていました。岩場、鎖場が何ヶ所かあるという険しいルートを行くことになりました。歩きはじめは緩やかな登りです。山に来られたという自信もあって、足取りも軽く快調です。
次第に景色が変わってきて、あたりは岩、岩、岩。
 そこは「本当にこんなところを行くのだろうか」と思えるような、見上げるばかりの急な岩場でした。
私は真面目に怖いと思いました。怪我をしてからは、今でも高いところに行くと、体がふわっと浮いて転げ落ちていくのではないかと錯覚します。
思わず引き込まれそうな感覚にとらわれてしまいます。下を見ても崖、上を見ても急な登りで、途端に足がすくんで止まってしまいました。
怖くて怖くて、もう最後まで無事に下りられたらいいと、願う気持ちが大きくなりました。

怖がっている私に、気分を落ち着かせてくれて、どうやって登ったらいいのか佐藤さんが丁寧に教えてくれました。どこに足を着いていいのか分からない時も、自らの足を差し出して安全に足場を作ってくれました。
登るのも下りるのも、とにかく必死でした。

 そんな風にして登りきったところで見たピンクや黄色、白色の花々は、雨にしっとり濡れていて、色鮮やかでキラキラしていました。こんな岩場にも力強く咲いている花々は、平地ではとうてい想像できなく、とても神秘的な
感じがしました。とくに怖い思いをした後に見る花たちは、優しく語りかけてくれているようで、すごく安心できました。いつもより自然に対して謙虚になれたような気がします。私の心の中に、ずっといつまでも残る景色となりました。

 「障害者団体が知ったら、とんでもないと非難をされることをしている」
と佐藤さんの言葉です。確かにその通りだと思います。ほとんど山登りの初心者で、しかも足の悪い私がいきなり岩場の多い山に来るなんて、一般的には考えられないことでしょう。今の私の状況で山に行くことが出来たのも、佐藤さんを始め、みなさんのお蔭だと感謝をしています。

 手を繋いでサポートをしてくれた土井さん。
 最初から私の荷物を分担して持ってくれた栗原さん、前田さん。 
 ずっと私の後ろを歩いて、付いていてくれた下薗さん。
 優しい言葉を掛けつづけてくれた笹川さん。
 私のためにストックを貸してくれた田口くん。

 この紙面にはすべて書ききれない程、事々にたくさんの気持ちを受け取りました。みなさんのさりげない心遣い、その心温まる優しさに触れることができ、とても幸せです。言葉抜きにして、ほんとうに嬉しかったです。心より、ありがとうございました。
 
 今回、八ヶ岳に行くことにより、「私にもやれば出来る」という大きな自信を持つことが出来ました。私にとって本当に長く、そして中身の濃い2日間でした。
「地球最後の日プロジェクト」、それは決して終りでない、未来への新たな出発となりました。そして今後も、いろんなことに挑戦して行きたいと思っています。
【武馬利江】
『風のたより』 SINCE 1992.3.1 
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